非財務価値の定量化とは?定義と目的、手法比較・国際基準・事例

活用領域定量化による効果実務での活用例
経営戦略重点投資や改善領域を明確化ブランド認知度や従業員定着率を数値化し、投資配分や人材施策に反映
リスク管理潜在リスクを早期に把握し対応可能CO₂排出量、人権リスク、サプライチェーンの弱点を数値で把握し、対策を事前に実行
投資家説明資金調達や市場評価での優位性を確保ESG投資家向けに非財務指標を開示し、透明性を強化

ブランド力、従業員エンゲージメント、環境対応、社会貢献といった非財務価値は、投資家や市場からの評価に直結し、長期的な成長と持続可能性を支える基盤となっています。

本記事では、非財務価値の定義と目的、定量化がもたらすメリット、主要な評価アプローチや国際基準の最新動向、さらに実務に役立つ導入ステップや成功事例を整理します。

目次

1.非財務価値の定量化とは?定義と目的

非財務価値の定量化を理解するためには、まず「どのような要素が非財務価値に含まれるのか」を整理することが出発点となります。その上で、なぜ企業にとって定量化が求められるのか、その目的を明確にする必要があります。

ここでは、非財務価値の範囲、定量化の目的、そして難しさと重要性について解説します。

(1)非財務価値・非財務資本・非財務情報の対象範囲

非財務価値とは、財務諸表には直接表れないものの、企業の競争力や持続的成長に大きな影響を与える無形資産を指します。具体例として、ブランドイメージ、顧客ロイヤルティ、技術力・知的財産、従業員のスキルやエンゲージメント、企業文化、サプライチェーンを含む地域社会との関係性、環境負荷低減への取り組みなどが挙げられます。

これらは「人的資本」「知的資本」「社会関係資本」「自然資本」などに分類され、総称して「非財務資本」と呼ばれます。そして、その状態や成果を数値や指標で表したものが「非財務情報」です。実務で活用できる主な非財務資本と指標例は以下のとおりです。

区分内容の例指標化の例(定量化しやすい項目)
人的資本従業員のスキル・モチベーション、働きがい・従業員定着率・研修受講率・エンゲージメントスコア
知的資本技術力、知的財産、研究開発力・特許件数・研究開発費比率・新製品売上比率
社会関係資本顧客ロイヤルティ、サプライチェーン、地域社会との関係・NPS(顧客推奨度)・リピート率・地域貢献活動数
自然資本環境配慮、気候変動対策、資源利用効率・CO₂排出量削減率・再生可能エネルギー利用比率・廃棄物リサイクル率

このように、非財務資本を具体的な指標で捉え、それがどのように財務成果に繋がるかを整理することで、経営層や投資家への説得力が高まり、単なるCSR活動ではなく企業価値向上の戦略的要素として位置づけることが可能になります。

【事例】IIRC(国際統合報告評議会)フレームワークとは

IIRC(国際統合報告評議会)フレームワークは、企業価値の源泉を6つの主要な資本に分類して特徴づけています。

企業がどのように長期的な価値を創造しているかを、財務情報だけでなく、以下の6つの資本で説明するためのフレームワークです。

  • 財務資本: 資金調達や投資など
  • 人的資本: 従業員のスキル、モチベーション
  • 知的資本: 技術、知的財産、ブランド
  • 社会・関係資本: 顧客やサプライヤー、地域社会との関係
  • 製造資本: 設備、インフラ
  • 自然資本: 水資源、森林など

これらの資本ごとに、従業員定着率エンゲージメントスコア(人的資本)、特許件数(知的資本)、NPS(顧客推奨度)(社会・関係資本)、CO₂削減率(自然資本)といった具体的な指標を用いて、企業の活動や成果を定量的に示すことが推奨されています。

参考:国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council,IIRC)国際統合報告フレームワーク|日本取引所グループ

(2)定量化の目的

項目SROI(社会的投資収益率)インパクト加重会計柳モデル
特徴投資に対する社会的便益を金銭換算企業活動の社会・環境への影響を財務諸表に統合無形資産(ブランド、人材、技術力など)を数値化
適用シーン教育、福祉、地域貢献など社会的プロジェクト環境負荷削減、労働環境改善ブランド戦略、人材価値の評価
メリット社会的効果を投資家に示しやすい財務・非財務を統合して比較可能に潜在的な競争力を可視化できる
留意点算定に前提条件が多く恣意性に注意データ収集コストが大きい数値化の基準づくりに工夫が必要

定量化された非財務データは以下のように活用できます。

非財務価値の定量化は「単なる開示義務対応」にとどまりません。データを戦略的に活用することで、経営効率の向上や新規ビジネス機会の創出につながり、企業価値を持続的に押し上げる実践的ツールとなります。

【事例】経営戦略への活用|味の素グループ

  • 取り組み: 従業員エンゲージメントスコア、ダイバーシティ(多様性)に関する指標などを定量化し、経営会議で定期的に確認しています。
  • 活用: これらの指標を従業員の働きがい向上に向けた施策の立案や、組織の健全性を示す重要な経営指標として活用しています。また、その進捗を外部にも開示することで、人材の確保やブランドイメージの向上に繋げています。

参考:サステナビリティ|味の素

(3)定量化の難しさと取り組む意義

非財務価値の定量化は困難を伴いますが、その意義は非常に大きいものです。難しさと、それでも取り組むべき理由を整理すると以下の通りです。

観点難しさ取り組む意義
ブランド・企業文化感覚的・定性的な評価になりやすい顧客ロイヤルティや従業員満足度を可視化し、戦略改善につなげられる
無形資産の数値化評価基準や算出方法が確立されていない技術力・知識資本を資産として扱い、投資家への説得力を高められる
データの継続性定点観測が難しく、時系列比較が不十分継続的な測定により改善の進捗を把握し、施策効果を検証できる

非財務価値は「測りにくいから測らない」のではなく、「測りにくいからこそ測るべき」領域です。曖昧な領域を可能な限り数値化する努力は、経営資源の最適配分やリスクの早期把握に直結します。これにより、企業は不透明な市場環境の中でも持続的な成長を実現できるのです。

参考:「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」報告書(経済産業省)

2.非財務価値の定量化における主要アプローチと手法比較

非財務価値を定量化するためには、複数の手法が存在し、それぞれに特徴や適用範囲があります。
投資家や市場からの信頼を得るためには、単に数値を出すだけでなく、国際的に認知された手法を活用し、客観性と比較可能性を担保することが重要です。
ここでは、代表的なアプローチを整理し、自社に最適な手法を選択するための基盤を提供します。

(1)社会的投資収益率(SROI)

社会的投資収益率(SROI)は、企業が投下した資本に対して、どれだけの社会的・環境的価値を生み出したかを「金銭換算」して示す指標です。投資家やステークホルダーに対し、社会的インパクトを定量的に説明できる点で活用が進んでいます。

算出方法(社会的・環境的便益の合計 ÷ 投下資本)で算出
特徴金銭価値に置き換えるため直感的に理解しやすい
活用例教育プログラム、地域活性化、環境改善プロジェクト
メリット社会的インパクトを「投資対効果」として示せる
課題金銭換算の基準が主観的になりやすく、精度確保が必要

SROIは、CSR活動や社会貢献を単なるイメージ戦略ではなく、投資対効果として経営戦略に組み込むための有効なフレームワークです。ただし、金銭換算の前提条件によって結果が変わるため、透明性の高いプロセス設計や第三者評価を組み合わせることが望まれます。

参考:社会的投資収益率(SROI)を用いた非財務指標の定量化について|デロイト

(2)インパクト加重会計(Impact-Weighted Accounts)

インパクト加重会計は、企業活動が環境や社会に与える影響を金額換算し、財務諸表に統合して表示することを目指す会計手法です。これにより、従来の財務指標だけでは見えにくかった「社会的・環境的パフォーマンス」を一体的に評価できます。

算出方法CO₂排出量削減、水使用量削減、従業員の健康影響などを金額換算し、財務諸表に反映
特徴財務と非財務を統合し、投資家に分かりやすい形で提示可能
活用例製造業の環境負荷算定、食品業界の健康影響評価、労働環境改善による生産性向上
メリット投資家や金融機関からの信頼性向上、資金調達に有利
課題金額換算の基準が発展途上で、国際的な標準化が求められている

インパクト加重会計は、ハーバード・ビジネススクールを中心に開発が進められており、国際基準としての整備が進行中です。特に大企業にとっては、ESG開示や統合報告書との整合性を高める手段として注目されています。今後、投資家や規制当局の要求に応えるうえで、導入を検討すべき優先度の高いアプローチといえます。

参考:インパクト加重会計の現状と展望|金融庁金融研究センター

参考:インパクト加重会計の進展と企業による価値向上に向けた挑戦|野村資本市場研究所

(3)柳モデル(Yanagi Model)

柳モデルは、日本の経営学者・柳栄作氏が提唱した、非財務情報を含めた多角的な企業価値評価モデルです。ブランド価値や技術力、人材力などの無形資産を数値化することで、企業の潜在的な競争力を可視化します。

算出方法ブランド価値、技術力、人材力、顧客満足度などの無形資産をスコア化し、財務情報と統合
特徴日本発のモデルであり、文化的背景や企業の現場感覚を反映しやすい
活用例製造業の技術評価、サービス業の顧客満足度評価、人材育成度合いの定量化
メリット財務データでは見えない「将来の収益源」を測定可能
課題国際的な認知度が限定的で、海外投資家への説明力は弱い

柳モデルは、日本企業の特徴である「人材力」「組織文化」「ブランド力」を評価に組み込める点で強みがあります。特に国内市場における企業価値評価や、内部マネジメントの改善に有効です。ただし、グローバル投資家に対しては国際基準(ISSBやGRIなど)との併用が望まれます。

参考:柳モデルとインパクト会計の最新事例|月刊資本市場2024年11月

3.国際基準と非財務情報開示の最新動向

非財務情報の定量化を検討するうえで、国際的な開示基準の理解は欠かせません。
近年はGRIやISSB、CSRD、TCFDといった国際基準が整備・強化され、大企業には法的義務化が進む一方で、中堅企業やグローバル展開を志向する企業にとっても実務対応が求められています。

ここからは、それぞれの主要基準の特徴と最新動向を整理し、企業価値評価に与える影響を解説します。

(1)GRIスタンダード:国際的に最も普及しているESG情報開示基準

GRIスタンダードは、GRI(Global Reporting Initiative)が策定した持続可能性情報開示の国際的な枠組みであり、世界中で最も広く採用されています。環境・社会・経済・ガバナンスといった幅広いテーマを対象に、企業活動が社会や環境に与える影響を網羅的に評価・開示できる点が特徴です。

特徴内容
網羅性環境・社会・経済・ガバナンスを広範にカバーし、多角的に影響を開示できる
原則重視マテリアリティ分析やステークホルダー・エンゲージメントを基盤に重要テーマへ焦点
柔軟性業種・規模を問わず活用可能で、開示の詳細度も自社に合わせて調整できる
国際的普及世界的にデファクトスタンダードとして認知され、投資家や市場から信頼を得やすい

近年は、気候変動や人権といった重要課題を反映するための改訂が進み、ISSB基準との整合性強化やサプライチェーン全体での情報開示拡充といった動きが加速しています。GRIスタンダードに基づく情報開示は、単なるコンプライアンス対応にとどまらず、企業が自社の持続可能性を体系的に整理し、ステークホルダーとの対話を深めるための有効な手段であり、結果として企業価値の向上やリスク管理の精度向上に直結します。

参考:グローバル・レポーティング・イニシアティブ(Global Reporting Initiative, GRI)スタンダード|日本取引所グループ

(2)ISSB(国際サステナビリティ基準審議会):財務報告と統合を重視した新基準

ISSB(International Sustainability Standards Board)は2021年に設立され、従来バラバラだったサステナビリティ開示を統一し、財務報告との一体化を実現する国際基準を策定しています。目的は、投資家が企業の持続的な価値創造を評価するために必要な、信頼性・比較可能性の高い情報を提供することにあります。

2023年6月には、以下の2つの国際基準が公表されました。

  • IFRS S1「サステナビリティ関連開示全般に関する要求事項」
  • IFRS S2「気候関連開示」

これにより、気候変動リスクや機会が企業のキャッシュフローや資本コストに与える影響を、財務諸表と整合させて開示することが求められます。

特徴内容
財務報告との統合サステナビリティ情報を財務報告と一体化し、包括的な企業価値評価を可能にする
投資家中心投資家の意思決定に直結する情報ニーズを最優先
グローバルな比較可能性世界共通で理解・利用できる基準を提供
段階的導入IFRS S1で全般的な枠組みを提示し、IFRS S2で気候関連情報に特化。段階的に範囲拡大可能

最新動向としては、各国の規制当局や基準設定機関との連携が進んでおり、ISSB基準は国際的なデファクトスタンダードになる流れが加速しています。大企業にとっては、今後の開示義務化を見据え、早期にISSB基準を取り入れた体制を整備することが競争力確保の鍵となります。

参考:ISSB基準: より良い意思決定のための、より良い情報|国際サステナビリティ基準審議会

(3)CSRD(欧州企業持続可能性報告指令):大企業に義務化される開示要件

CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)は、EUが策定したサステナビリティ情報開示を義務化する指令で、2024年1月から大企業を対象に段階的に適用が始まっています。従来の非財務情報開示よりも範囲が大幅に広がり、EU域内で事業を行う大企業はもちろん、将来的には非EU企業や上場中小企業にも適用が拡大される予定です。

特徴内容
開示範囲の拡大環境・社会・ガバナンスを含む広範な情報を対象
財務報告との統合サステナビリティ報告を年次報告書に統合
共通基準(ESRS)欧州サステナビリティ報告基準に準拠、ISSB基準との整合性あり
第三者保証開示内容について外部のアシュアランスを義務付け
対象拡大将来的に非EU企業や上場中小企業も含まれる可能性

CSRDはEU域内に限らず、グローバルに事業を展開する企業にも波及する基準です。早期対応は、規制遵守だけでなく、投資家・取引先からの信頼確保と企業価値の向上につながるでしょう。

参考:【ESG情報開示実践セミナー】405:CSRD/ESRSの概要と今後企業に求められる対応

【事例】日立のCSRDへの主な対応

日立製作所は、欧州企業持続可能性報告指令(CSRD)の直接的な適用対象となるため、その対応を積極的に進めています。CSRDは、EU域内で事業を展開する大企業にサステナビリティ情報の開示を義務付けるものです。

日立は、この規制への対応を単なるコンプライアンスではなく、企業価値向上に資する重要な取り組みと位置づけています。

  • グループ全体での体制構築: CSRDの適用範囲は、日立製作所の欧州子会社を含むグループ全体に及びます。そのため、グループ横断的なサステナビリティデータ収集・管理体制の構築を進めています。
  • ESRSへの準拠: CSRDの開示基準であるESRS(欧州サステナビリティ報告基準)に沿って、気候変動や人権などに関する情報の収集と開示の準備を進めています。
  • 経営戦略との統合: 日立は、サステナビリティを経営戦略の中核に据えており、CSRDへの対応を通じて、環境・社会に対する取り組みの透明性を高め、投資家や顧客からの信頼獲得を目指しています。

これらの取り組みは、今後のグローバル市場で競争力を維持するための重要な基盤となります。

参考:統合報告書2024|日立製作所

(4)TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース):気候変動リスクへの対応指標

TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、気候変動が企業の財務に与えるリスクと機会を明確にし、投資家などのステークホルダーに有用な情報を提供することを目的とした国際的な枠組みです。2017年に最終報告書が公表されて以来、多くの国・地域でTCFDに沿った開示が推奨・義務化され、国際基準の中核を担う位置づけとなっています。

開示項目内容
ガバナンス気候関連リスクと機会について、取締役会・経営陣がどのように監督しているか
戦略気候変動が事業・経営戦略・財務計画に与える影響(短期・中期・長期)
リスク管理気候関連リスクの特定・評価・管理のプロセス
指標と目標温室効果ガス排出量(Scope1・2・3)などの指標や、その削減目標と進捗状況

特に「指標と目標」では、サプライチェーン全体(Scope3)を含む温室効果ガス排出量の開示が重要視されており、企業は測定・報告体制を整備する必要があります。近年ではISSB基準にも統合され、TCFD提言は国際的に標準化された情報開示の基盤となっています。

参考:TCFDとは|TCFDコンソーシアム

参考:「金融機関におけるTCFD開示に基づくエンゲージメント実践ガイダンス」の公表について|環境省

【事例】TCFD提言への賛同

トヨタ自動車は、TCFD提言への賛同を表明し、気候関連のリスクと機会に関する情報を統合報告書で詳細に開示しています。特に、以下の4つの項目すべてにおいて具体的な情報を提示しており、優れた開示事例として知られています。

  • ガバナンス: 取締役会が気候変動戦略を監督する体制を説明。
  • 戦略: 2050年のカーボンニュートラル目標に向けた、短・中・長期のロードマップを提示。
  • リスク管理: 気候変動関連のリスクを特定、評価、管理するプロセスを説明。
  • 指標と目標: 温室効果ガス(GHG)排出量(Scope1・2・3)の実績と削減目標を具体的に開示。

参考:サステナビリティレポート|トヨタ

4.実務への落とし込み|導入ステップとポイント

ここからは、実務で押さえるべき具体的なステップを順に解説します。

(1)目標設定とKPI設計

非財務価値を定量化するうえで最初のステップは、明確な目標設定とKPI(重要業績評価指標)の設計です。どの領域で成果を出すのかを具体化することで、定量化の方向性がぶれず、効果的な施策につながります。

領域設定例KPI例
環境CO₂排出量の削減Scope1・2の排出量を5年間で30%削減
人材従業員エンゲージメント向上エンゲージメント調査スコアを70以上に維持
社会地域社会への貢献強化年間ボランティア参加率を社員全体の20%に拡大
ガバナンス情報開示の透明性強化ISSB準拠のサステナビリティ報告書を毎年発行

このように、KPIは SMART原則(Specific:具体的、Measurable:測定可能、Achievable:達成可能、Relevant:事業に関連、Time-bound:期限あり)に沿って設計することが求められます。

【事例】マテリアリティとKPIの明確化|三井化学

三井化学は、企業活動が社会に与える影響を多角的に分析し、マテリアリティ(重要課題)」を特定しています。これらは、同社の持続的成長に不可欠な経営課題であり、環境、社会、ガバナンス(ESG)の3つの側面から設定されています。

「VISION 2030」では、これらマテリアリティに基づき、具体的な非財務指標(KPI)と目標を定めています。非財務指標は、単なる利益追求だけでなく、企業の社会的責任や長期的な価値創造を測るためのものです。

目標達成に向けた推進体制も整備されています。

  • 責任の明確化: 各部門の担当役員・部門長が責任者として明確に定められています。これにより、当事者意識が高まり、責任を持って目標に取り組むことができます。
  • 計画への落とし込み: 設定された目標は、各部門の年度予算に具体的に組み込まれています。これにより、目標が単なるスローガンではなく、日常業務の一部として位置づけられます。
  • 進捗レビュー: ESG推進委員会が定期的に開催され、目標の進捗状況をレビューしています。これにより、計画の遅れや問題点を早期に発見し、必要な対策を講じることができます。

これらの取り組みは、三井化学が非財務情報を単なる報告義務としてではなく、企業の競争力を高めるための重要な経営ツールとして捉えていることを示しています。

参考:マテリアリティ|三井化学

(2)データ収集・分析体制の整備

非財務価値を定量化するには、正確かつ継続的にデータを収集・分析する仕組みが欠かせません。財務データと異なり、非財務情報は部署横断的に点在しているため、全社的な体制づくりが必要となります。

領域データ例収集元分析の活用例
環境CO₂排出量、水使用量、廃棄物削減率生産部門、物流部門ESG報告書、投資家向け開示
人材従業員満足度、離職率、研修受講率人事部、労務管理システム人材戦略やエンゲージメント施策
社会地域貢献活動数、サプライチェーンの人権データCSR部門、購買部門サステナビリティ報告、取引先評価
ガバナンスコンプライアンス違反件数、情報開示の充実度内部監査部、法務部リスク管理、透明性強化

分析にあたって、専任チームの設置やITツールの活用、外部専門家の活用などで、 データの客観性・一貫性・比較可能性を確保することが重要です。
データ収集・分析体制の整備は、単なる情報管理にとどまらず、企業全体の意思決定を支える「経営基盤」として機能します。

【事例】日本郵船の非財務データ活用事例|日本郵船

日本郵船は、ESG経営の推進において非財務データの収集・分析体制を強化しています。同社は、船舶の運航状況をリアルタイムで把握できるIoT技術運航管理システムを活用し、燃料消費量やGHG排出量などの環境関連データを正確に収集しています。これらのデータは、脱炭素化に向けた具体的な施策を策定するための重要な基盤となります。

この取り組みにより、データの正確性即時性が確保され、経営層は迅速かつ適切な意思決定を行うことが可能になります。これは、企業価値の向上だけでなく、持続可能な社会の実現にも貢献するものです。

参考:FUTURE #03 海運におけるデータ活用 |日本郵船

(3)適切な手法の選定(SROI/インパクト会計/柳モデル)

非財務価値を定量化する際は、自社の事業特性や目的に応じて最適な手法を選ぶことが重要です。いきなり全ての領域を網羅するのではなく、まずは自社にとって重要性の高い領域から小さく始め、徐々に範囲を広げていくアプローチが有効です。

また実務上は、次のようなステップでの選定が推奨されます。

  1. 目的の明確化
     投資家への説明強化か、社内戦略への活用かを最初に定める。
  2. 対象領域の特定
     環境、社会、人材など、自社にとって重要な非財務領域を選定。
  3. 段階的導入
     まずはSROIや柳モデルなど比較的取り組みやすい領域から開始し、成熟度に応じてインパクト会計に拡張。

このように、自社の規模や事業環境に応じて柔軟に手法を選び分けることで、非財務価値定量化の実効性を高められます。

【事例】柳モデルを活用したESG経営の実証|エーザイ

この取り組みは、ESG(環境・社会・ガバナンス)の各種KPIが、企業の将来的なPBR(株価純資産倍率)に与える影響を、柳モデルで定量的に実証分析したものです。

具体的には、女性管理職比率、人件費、研究開発投資比率といった非財務データを基に、「人件費を1割増やすと5年後のPBRが13.8%上昇する」「研究開発投資を1割増やすと10年後のPBRが8.2%拡大する」といった、将来の株価を予測する具体的な数値を提示しました。これらの結果を統合報告書や投資家との対話に活用することで、非財務価値が企業価値向上に繋がることを明確に示しています。

参考:価値創造レポート2021|エーザイ

(4)結果の社内活用と外部開示

非財務価値の定量化で得られた成果は、単なる数字の提示に留まらず、社内外での戦略活用が求められます。社内においては、経営層の意思決定や事業戦略の改善に活かすとともに、従業員に共有することで意識改革やエンゲージメント向上を促せます。外部に向けては、投資家・顧客・取引先・地域社会といった多様なステークホルダーに対し、企業の透明性と持続可能性をアピールすることが重要です。

活用場面具体的な活用方法期待できる効果
社内活用経営会議や戦略策定で指標を活用データに基づく意思決定、事業の方向性の明確化
社員への共有研修や社内報で成果を可視化従業員の理解促進、モチベーション向上
外部開示サステナビリティレポート、統合報告書で開示投資家からの信頼獲得、顧客・取引先との関係強化
投資家・市場対応ESG投資家との対話に活用資金調達コスト低減、株価評価向上

定量化の結果を正しく活用することは、企業の社会的責任を果たすだけでなく、戦略精度を高め、持続的な成長を実現する大きな推進力となります。

【事例】非財務資本の積極的な活用|伊藤忠商事

伊藤忠商事は、非財務資本の積極的な活用を経営戦略の中核に据えています。統合報告書において、非財務資本の取り組みを財務情報と統合して開示することで、企業価値の全体像をステークホルダーに示しています。

  • 社内活用: 社内の各事業部門に非財務に関するKPI(重要業績評価指標)を設定し、その進捗を経営会議でレビューしています。これにより、ESGを事業活動に深く組み込み、データに基づいた意思決定を促しています。また、従業員のESGに関する意識向上を目的とした研修や、社内報での事例共有も積極的に行われています。
  • 外部開示: 統合報告書やウェブサイトを通じて、事業活動が社会課題解決にどのように貢献しているかを定量的に示しています。特に、投資家との対話では、非財務情報が企業の長期的な成長性を示す重要な材料として活用されています。

参考:統合報告書2025|伊藤忠商事

(5)組織文化・人材育成による定着化

非財務価値の定量化は、単に数値を測定して開示するだけでは不十分です。成果を持続的に活用するには、組織文化として根付かせ、従業員一人ひとりがその意義を理解し、行動に結びつけることが欠かせません。経営層のリーダーシップと人材育成の仕組みが、定着化の成否を左右します。

取り組み領域具体的な施策期待される成果
経営層のコミットメント方針発信や評価制度への組み込み全社的な優先課題としての浸透
社内教育研修・ワークショップを通じた理解促進従業員の行動変容と自発的な参画
人材育成非財務価値に関わる専門人材の育成データ分析力やESG推進力の強化
評価制度との連動人事考課に反映従業員のモチベーション向上と定着率改善

このように、定量化の仕組みを人事制度や教育施策に統合することで、非財務価値は一過性の取り組みではなく、企業の成長戦略を支える基盤として定着していきます。

5.まとめ

非財務価値の定量化は、企業が持続的な成長を遂げ、投資家や社会からの信頼を獲得するために欠かせない取り組みです。ブランド力、人材、技術力、環境対応といった無形資産を数値化することで、これまで曖昧だった価値を客観的に示すことが可能になります。

これからの企業担当者に求められるのは、「自社にとって重要な非財務資本は何か」を見極め、適切な評価手法を選び、組織文化として定着させることです。これにより、非財務価値は企業の長期的な成長を支える強力な経営資源となるでしょう。

監修

早稲田大学法学部卒業後、金融機関での法人営業を経て、中小企業向け専門紙の編集記者として神奈川県内の企業・大学・研究機関を取材。
2013年から2020年にかけては、企業のサステナビリティレポートの企画・編集・ライティングを担当。2025年4月よりフリーランスとして独立。
企業活動と社会課題の接点に関する実務経験が豊富で、サステナビリティ分野での実践的な視点に基づく発信を強みとしている。