原価低減は単なるコストカットとは異なり、長期的な視点で利益率を改善し、継続的な企業成長を支える仕組みとして多くの製造業が取り組みを強化しています。ESG・SDGs(持続可能な開発目標)の観点からも、資源効率や工程の最適化は対外的な評価にも直結するようになっています。
本記事では、製造業が原価低減に取り組むべき背景から始まり、具体的な施策などを網羅的に解説します。
1.製造業が原価低減に取り組むべき理由

まずは、製造業が原価低減に取り組むべき理由を具体的に解説します。
(1)コスト競争力が企業の命運を分ける
製造業の原価は今後も上昇傾向が続くと予測ます。以下のような観点から原価低減の取り組みが求められています。
| 価格競争に耐えうる製品原価の実現 | 利益率を確保し、競合との価格競争に勝てる製品原価を実現する |
|---|---|
| 高品質を維持したままの効率化 | 顧客満足度やブランド信頼を維持しつつ、生産効率を高める |
| 不況や市況変動に強いコスト体質の構築 | 市場変動や不況時にも安定経営を可能にするコスト構造をつくる |
つまり、原価低減は経費削減の延長線ではなく、外部環境の変化に打ち勝ち、利益と品質、そして企業の未来を同時に守るための中核戦略です。この視点を持たずに取り組む原価低減は、短期的な数字改善に留まり、長期的な企業価値向上にはつながりません。

(2)原価低減は利益率改善と持続的成長の鍵
原価を継続的に抑えることで、以下のような好循環が生まれます。
- 粗利率の改善による収益力の強化
- 浮いた原資を設備投資や人材育成に再投下
- 競合に対する価格競争力の向上と市場拡大
- 変化に強い財務基盤の構築
たとえば、材料の歩留まりを改善して原材料の使用量を5%削減します。
その結果、年間で500万円の原価を削減できた場合、その削減分を自動化設備の導入費用に充てることで、さらに人件費や不良率の低減につなげることも可能です。
(3)SDGs・ESGの視点でも「ムダ削減」は評価対象に
企業の社会的責任が問われる現代において、原価低減は環境配慮型経営としても注目されています。
単なるコスト削減ではなく、SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)の評価基準に合致する活動として、外部ステークホルダーからの評価向上にもつながります。たとえば、以下のような視点で原価低減がプラスに評価されます。
| 取り組み内容 | 期待される効果 |
|---|---|
| 廃棄物やエネルギーのムダ削減 | 環境負荷の低減 |
| 資源の有効活用 | 持続可能な調達・生産体制の構築 |
| 工程の最適化 | 労働環境や安全性の改善 |
このように、原価低減は企業価値そのものを高める経営戦略の一部と位置づけられており、サプライチェーン全体の脱炭素化や省エネ対応が求められる現在、製造業の原価低減を軸とする取り組みは社会的信頼を獲得につながるでしょう。
参考:GX(グリーン・トランスフォーメーション)|経済産業省
2.原価低減とは?定義と目的

ここでは、原価低減における基本情報を解説します。
(1)原価低減の定義とコスト削減との違い
原価低減とコスト削減はしばしば混同されがちですが、その目的やアプローチが大きく異なります。以下ではそれぞれを目的や対象範囲などで比較いただけます。
| 区分 | 原価低減 | コスト削減 |
|---|---|---|
| 主な目的 | 原価構造の最適化 | 支出をすぐに減らす |
| 対象範囲 | 設計・工程・購買・物流などライフサイクル全体 | 一時的な予算削減、人件費カットなど |
| リスク | 技術革新や工程改善による生産性向上 | 品質低下・現場の疲弊 |
| 持続性 | 継続的・中長期的 | 一時的・短期的 |
(2)品質を落とさず利益を守る視点が重要
原価低減の目的は、利益を確保しながら、品質と顧客価値を守ることにあります。短期的なコスト削減だけに偏ると、以下のような問題が発生する可能性があるためです。
- 材料の質を下げたことで不良率が増加し、クレーム対応が発生
- 工程を簡素化しすぎて安全性や操作性が低下
- 顧客満足度の低下によりリピートや信頼を失う
本来の原価低減は、以下のような視点で進めるべき活動です。
- 無駄や非効率を省きながらも、製品の本質的価値を維持
- 生産性や設計の工夫によって、品質とコストの両立を図る
- 結果として、競争力と利益率を持続的に高める
つまり、原価低減とは「品質を守りながら利益を守る、経営のバランス感覚が問われる取り組み」です。
3.原価低減を成功に導くアプローチ|具体策と進め方

原価低減を成功させるためには、段階的かつ体系的なアプローチが不可欠です。ここでは、原価低減を成功に導くアプローチを解説します。
(1) 原価構成の可視化と改善対象の特定
原価低減を実現するための第一歩は、原価構成の見える化と改善対象の明確化です。
具体的には、材料費(部品・原材料など)や労務費(作業時間・人件費)、製造間接費(設備保守費・エネルギー費・物流費など)などのコスト要素ごとに、費用の内訳と全体に占める割合を可視化します。
数値ベースで定量的に原価を可視化することで、次のような課題を発見しやすくなります。
- 特定の工程で作業時間が過剰にかかっている
- 一部の部品について材料費が突出している
- 設備稼働やエネルギー使用にムダが多い
こうしたボトルネックを改善対象として特定することが、次のステップである施策立案の基礎となります。属人的な判断ではなく、データに基づいた改善活動を行うためにも、この可視化プロセスは不可欠です。
(2)原価低減の施策
原価低減を実行に移す際は、コスト構成を分解し、材料費・労務費・経費の3つの観点から改善策を検討することが基本です。各分類ごとに代表的な施策を以下に整理します。
| 分類 | 具体策 |
|---|---|
| 材料費 | 調達先見直し・製品仕様合理化・代替材料採用 |
| 労務費 | 工程見直し・多能工化・作業分担最適化 |
| 経費 | 設備保守見直し・ユーティリティ削減・物流コスト最適化 |
これらの施策は、単独で実施するのではなく、「可視化した原価構成」に基づいて、重点的に着手すべき領域を選定することが重要です。
(3) 原価低減を持続可能にするPDCA体制
継続的に改善効果を維持・拡大するには、PDCA(Plan → Do → Check → Action)サイクルの仕組み化が不可欠です。それぞれのフェーズでは、以下のような具体的なアクションが求められます。
| ステップ | 内容 | 主なポイント |
|---|---|---|
| Plan(計画) | 原価構成分析に基づく削減目標の数値化と改善計画の策定 | 削減目標の明確化、優先順位付け、実行可能な計画作成 |
| Do(実行) | 各部門で計画に沿った改善施策を実施し、効果測定データを収集 | 部門横断的な実行、時間・コスト・歩留まりなどの定量データ収集 |
| Check(評価) | 施策の実施結果を定期的にレビューし、多角的に効果を評価 | コスト削減額、品質・納期への影響、目標達成度の分析 |
| Action(改善) | 成果の標準化や未達成要因の再分析を行い、継続的改善を推進 | 成功施策のマニュアル化、課題の再設定、改善文化の定着 |
このPDCAを習慣化することで、原価低減は企業体質を強化する経営改善プロセスへと昇華します。
4.原価低減に関するよくある失敗とその回避策

原価低減は多くのメリットをもたらしますが、その過程で陥りやすい失敗や注意点も存在します。
ここでは、原価低減活動を成功させるために知っておくべき落とし穴とその回避策について解説します。
(1)従業員の士気が下がる施策への注意
原価低減が現場への負担増や一方的な圧力として進められると、従業員のモチベーション低下を招き、かえって非効率を生む可能性があります。とくに注意すべきは以下のようなケースです。
- 十分な説明もなく、急な削減目標だけが課される
- 人手不足の中で、さらに人員削減や業務増加が強行される
- 現場の知見を無視し、経営層だけで改善策を決定する
これらを踏まえ、持続的な原価低減には以下のような現場の巻き込みが不可欠です。
| 取り組み内容 | 概要 |
|---|---|
| 現場からの改善提案を奨励する制度 | 従業員の改善提案を促進するための提案制度や報奨制度を設ける |
| 改善活動に従業員自身が参加できる仕組み | QC活動や小集団活動など、従業員が主体的に改善に関わる仕組みを構築する |
| 「成果=現場の努力」としてしっかり評価する風土 | 改善の成果を現場の努力として正当に評価し、モチベーション維持・向上につなげる文化を育成する |
これらを整えることで、原価低減は現場を犠牲にする施策から、従業員とともに利益を生み出す活動へと深化します。
(2)一過性で終わってしまう
原価低減活動が一過性で終わってしまう企業の特徴は以下のとおりです。
| 特徴 | 具体例 |
|---|---|
| 目標設定が曖昧 | 削減目標が数値化されておらず、 達成度が判断できない |
| 担当者・責任体制が不明確 | 現場任せや丸投げで、 誰が進捗管理を行うのか不透明 |
| トップダウン型で現場の声が反映されていない | 現場にとって非現実的な施策となり、 実行フェーズで形骸化 |
| 効果測定やフィードバックが不十分 | 実施後の評価がなく、次の改善につながらない |
これらの課題を回避するためには、明確な目標設定・現場の巻き込み・定期的な評価と見直しの3点が不可欠です。
単なるプロジェクトではなく、日常業務の一部として改善を文化にすることが、原価低減を持続的な企業価値向上へと結びつけます。
以下の動画ではトヨタ式QCサークルを軸にQC活動がうまくいかない理由をわかりやすく解説しており、原価低減活動にもお役立ていただけます。
5.原価低減の効率化における外部サービスの活用

自社内だけで完結させようとせず、外部の専門家やサービスを積極的に取り入れることで、新たな視点やノウハウを獲得し、改善のスピードと質を高めることができます。
(1)生産管理システム導入による可視化・自動化
生産管理システムの導入によって、属人的な管理や手作業に頼らず、リアルタイムで生産プロセスを見える化し、ボトルネックや非効率を的確に把握することができます。導入による主なメリットは以下のとおりです。
- リアルタイムな進捗管理と在庫可視化
- 作業工程・人員稼働状況の一元把握
- 原価情報の自動集計・分析機能
- 紙・Excelベースの管理からの脱却
こうしたシステムによって、現場・管理部門・経営層が共通の数値で判断を下せる環境が整い、原価低減における意思決定が迅速かつ戦略的になります。
(2)外部人材活用
外部人材を活用するメリットとして、以下のようなものが挙げられます。
| メリット | 具体例 |
|---|---|
| 専門性の高い視点を取り入れられる | 原価計算や工程改善に精通した コンサルタント・技術者の活用 |
| 客観的かつ中立的な課題分析が可能 | 自社では見落としがちな 非効率・ムダの抽出 |
| 短期間で成果を出しやすい | 既存データを活用した 改善モデルの即時提案と実行支援 |
一時的な人的リソースとして活用するだけでなく、社内の人材育成や改善文化の定着にもつなげられる点が大きな利点です。特に初期フェーズでの外部知見の導入は、原価低減活動を軌道に乗せる強力な起爆剤となります。
(3) 調達・購買業務の間接コスト削減
購買データを一元管理・可視化することで、データドリブンな購買戦略と拠点間のスムーズな情報共有が可能となります。
- 担当者ごとの価格差や仕入傾向の把握
- 調達品の優先順位・代替可能性の判断
- 異常値やムダな発注履歴の早期発見
- 将来的な戦略購買への足がかりの構築
これまで見逃されてきた間接コストの削減につながり、全社的な原価低減を支える強力な手段となります。
6.まとめ
原価低減で持続的な成果を出すためには、原価構成の可視化→重点領域への施策実行→PDCAによる改善の定着という流れを確立し、現場を巻き込んだ改善文化を根付かせることが不可欠です。
また、生産管理システムや外部人材活用、購買業務の統合といった外部リソースを組み合わせることで、効率と精度はさらに高まるでしょう。


